903と紫の女王

 

さんさんさん ちぇっちぇっちぇ

 

某日、エディオンスタジアム広島。緑のピッチ中央でサンチェ体操を舞うサンチェ。

青空。バックスタンド頂上の聖火台に火は灯っていない。スタンド上部に掲げられた幾つもの紫のフラッグが風にゆったりとはためいている。

メインスタンドの大屋根が陸上トラックに落とす陰のなかに、フレッチェ。サンチェ体操をひとり舞う。

フレッチェ正面、メインスタンド前列にて、サンチェ体操に合わせて手拍子する親子連れ。親たちはサンチェを見ながらにこやかに微笑んでいる。子供はふしぎそうにフレッチェを見て親に尋ねる。

 

子「あのサンチェは何故黄色い服を着ているの?」

親「あれはフレッチェ、女の子だよ。ほら、ピンクのリボンをつけているでしょう」

 

さんさんさん ちぇっちぇっちぇ

 

フレッチェ『黄色い服、 』

と、誰にも聞こえない声で独り言ちてメインスタンドに背を向ける。晴天に輝く緑のピッチ中央ではサンチェが舞い続けている。バックスタンドは紫色に染まり、サンチェ体操の曲の合間に観客たちのざわめきが漏れ伝わってくる。

 

(黄色いクマとか別にあれはお仕事だったし)(ただ彼がいなくなって以来、みんな私をもてあまし気味だよね)(私がいなくなったら)(ううん)(そんなこと考えちゃ)

 

一瞬、強い風がスタジアムを吹き抜ける。

サンチェ体操に合わせて振っていたフラッグが激しくはためき、物思いから我に返るフレッチェ。頭頂部にしっかりと結わえ付けられているピンクのリボンは微動だにしない。

 

さんさんさん ちぇっちぇっちぇ

 

ピッチ中央のサンチェ体操は滞りなく続けられている。サンチェの周りを固めるスプラッシュたちの長い髪と白いスカートが風に巻かれて晴天の陽光にきらきらと燦めいている。

 

フレッチェ『・・・なんだろう?』

 

サンチェ体操の曲の合間に漏れ伝わる、観客たちのざわめきと、スタンド上部のフラッグ・ポールのケーブルがポールに当って響く金属音。聖火台に火は灯っていない。

 

フレッチェ『持て余しているのは、わたし自身・・・?』

 

フラッグを飼育員に手渡し、メインスタンドの陰から陽光の中に駆けだすフレッチェ

 

フレッチェ【歌】

 降り注ぐ陽光(ひかり)は 足跡照らして 

 緑のピッチと紫のスタジアムに ひとりのわたし

 風がこころにささやくの このままじゃだめなんだと

 とまどい 傷つき 誰にも打ち明けずに 悩んでた それももう やめよう

 

グラウンドからバックスタンドへの薄暗い裏階段を駆け上がるフレッチェ。ごった返すバックスタンド裏屋台エリアを駆け抜け、B4ゲートへ。

スタンドへ駆け出、再び陽光と紫の燦めきを全身で受けとめて、

 

フレッチェ【歌】

 ありのままの 姿見せるのよ ありのままの 自分になるの

 何もこわくない 風よ吹け 少しもさみしくないわ

 

聖火台を仰ぎ見て階段を駆け上がるフレッチェ

頭頂部のリボンを引き抜き投げ捨てる。豊かにたなびく黄金のたてがみ。懐から紫のフリンジ・イヤリングを取り出し、その愛らしい丸い耳につける。

 

フレッチェ【歌】

 悩んでたことが嘘みたいね だってもう自由よ何でもできる

 どこまでやれるか 自分を試したいの そうよ変わるのよ わたし

 

聖火台に立ち、黄色い服を脱ぎ捨てるフレッチェ

皇帝の紫紺のドレス。ビロードの艶めき。32cmのピンヒール!

 

フレッチェ【歌】

 ありのままで 空へ風に乗って ありのままで 飛び出してみるの

 二度と 涙は流さないわ

 紫のスタジアムを包みこみ 高く舞い上がる想い叫んで

 GRANDE VIOLAの誇りのように 輝いていたい もう決めたの

 これでいいの 自分を好きになって これでいいの自分信じて

 光あびながら 歩きだそう

 少しもさみしくないわ

 

眼下の紫のスタンドと緑のピッチを両手いっぱい抱きしめるように手を広げ、幾つもの紫のフラッグと並び立ちながら、長いまつげを風にゆらして、妖しくウインクするフレッチェ